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1人1票の平等判決にモノ申す

1人1票の平等判決にモノ申す

昨年12月の衆院選の「1票の格差」をめぐる訴訟に対し、全国13の高裁・支部がいずれも違憲判決を下した。
うち2件は選挙の無効・やり直しにまで踏み込んだが、極めて問題の多い判決である。
1人1票の価値を平等にせよという論理は突き詰めて行くと、国の予算配分も人口に応じて比例配分せよという主張に
行き着くことになる。
今、大都会に1棟で40万人の住む大規模高層マンションがあったとする。「1人1票の価値は同一だ」というのが民主主義の大前提なら、その高層マンション1棟に1つの選挙区が与えられなければならない。今の平均は約40万人に1つの選挙区となっているからで、
そのマンションに住む住民が、「選挙区割りだけでなく、予算配分も人口に応じて為すべきだ」と主張したらどうなるか?
以前にも書いたが、北海道の松木兼公氏や武部勤氏を輩出した選挙区(稚内市、網走市、北見市など)は14,741km²と、
膨大な広さを持つ。この面積は東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県を合わせた面積より広く、大都市77の選挙区分の広さがある。
それほど広い面積を1人の議員でカバーするというのは、不公平以外の何物でもないし、予算を人口比例でやられたら、
地方は上下水道の整備や道路、橋の補修さえままならない。もちろん冬の除雪など不可能である。
戦後民主主義における「1票の価値の平等」は、西洋のアトム的な個人を前提とする。これは1神教の神とバラバラの個人が直接、
信仰という契約を結ぶという歴史があり、近代になって神が国家に置き換わった。だから民主主義もバラバラの個人を前提とするが、
日本の「共同体主義を前提とする民主主義」とは違うのである。
そうした文化の違いを認識するなら、日本では地域共同性を重視したものにするべきだし、人口を加味するにしても、
同時に(市街化区域限定で良いが)面積の公平性を加味すべきなのである。
安倍総理は「戦後レジュームからの脱却」をうたうが、自分は保守であると自認するなら、「裁判所の判決はおかしい。
司法がそこまで口を出すことは止め、逆に選挙区の面積や地域共同性を加味した区割りにすべきである。日本の民主主義は
米欧のそれとは歴史も文化も違うのだから、それこそが憲法改正の必要な重要事項の一つである」というべきなのである。

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